子供たちの入院(未熟児センターに通った日々)

歩けるようになって、
一番楽しみにしていたのは、
子供たちに会いに行ける事だった。

私の入院してた大学病院は、
3階に産婦人科があって
未熟児センターは2階にあった。
面会時間が決められているので、
その時間までおっぱいを絞ったり、
乳児室に行って、
他の元気な赤ちゃんを見たりして過ごした。
ウチの子は、
どんな顔をしてるのか、どのくらいの大きさなのか、
確かめたい事は山ほどあった。

同時に不安もあった。
私のお見舞いには
寝坊してこないこともあったのに、
限られた面会時間に遅れないように、
自力で起きて毎日子供に会いにいってるダンナから、
未熟児センターのさらに奥の、
細菌が絶対入らないように閉めきられた部屋に、
保育器に入った二人が
チューブをたくさんつけて眠ってる…と聞いてたから。

見た時に泣いてしまわないだろうか?
頑張ってるのは子供たち自身なのに、
私が泣くわけにはいかない…
なんて思いながら、時間を待った。

やっと、面会時間が近づいてきた。
ダンナが走ってやってくる。
きたとたん、
「名前決めた!」と言われた。
そうだ。
ずっと男女の双子ちゃんと聞かされていた私達。
名前も、男女の名前を1つづつしか考えてなかった。
一人は決まっていた。
悠暉(はるき)
「悠」という字を使いたくて、
後は字画でいい字を選び、
おまけにめずらしい方の漢字を選んだ。
2人とも気に入ってた。
ホントは、
女の子には、悠華(ゆうか)か、
これで「はるか」と呼ばせようかと考えていた。
「なんて名前?」聞くと、
ゆうた」という答え。
字は、
悠汰
字画もいいし、平凡だけど、
漢字で書くとめずらしい。
私も気に入った。
会う初日から、名前で呼んであげられる!
少し嬉しい。

やっと、看護婦さんが車椅子を運んできてくれた。
少し緊張しながら、未熟児センターへ。
入り口まで車椅子で行き、そこからは歩く。
中に入るとまず、手を念入りに洗う。
ブラシを使ってごしごしと。
その後、白衣と帽子。そしてマスク。
中には、まだまだ弱い赤ちゃん達がたくさんいるのだ。
気をつけないと。
一通りの準備を終えて、中に入る。
ドアを開けてスグ、たくさんの赤ちゃんがいた。
入り口近くにいる赤ちゃんは、もうスグ退院できる、
元気になってきた赤ちゃん。
そして、もう1つのドアの向うに、二人はいるのだ。

もう1つのドアを開ける。
スグに目に飛び込んできたのは、
片腕にすっぽりと収まるかと思うくらいの
小さい赤ちゃん。
こんなに小さくても、一生懸命生きている。
そして、我が子との、初めての対面。

かわいい・・・

泣くかと思ってたが、そんな事はなかった。
確かにまだ小さい。
生まれてスグは、
どんな赤ちゃんでも体重が減ってしまうので、
2000グラムそこそこで生まれた二人は
もう1000グラム代になっていた。
そして、腕には点滴。
口には、ミルクを流し込むチューブ。
(まだ吸う力がないので、そうやってミルクを飲ませるんだそうだ。)
痛々しいけど、可愛いと思う気持ちの方に軍配が上がった。

保育器の中で、眠ってる小さい二人。
抱っこできないのが、とても残念だった。
でも、保育器の横についてる丸い窓から手を入れて、
手や足を触る事はできた。
ビックリするくらい小さい。
「頑張ろうね…」
2人にそうつぶやいて、その日の面会は終わる。

その後、二人は順調に育っていき、
3・4日後には、奥の部屋を出てきた。
はじめて抱っこできた時の感動は、
忘れたくない。
私自身は、術後の経過もよかったので、10日で退院。
その後も、おっぱいをあげるために病院通いが続いた。

毎日決まった時間に、
センターに行き二人を連れて個室へ。
飲む前にオムツをかえて、体重を量る。
飲んだ量を把握するためだ。
それからおっぱいを飲ませ始めるんだけど、
まだ呼吸に心配が残ってる状態だったので、
足に脈を測る機械のようなものを取り付けて、
その数値を見ながら飲ませる。
飲んでる途中で数値が下がってきたら、
急いでおっぱいから口を放す。
体内の酸素が少なくなってきた、という事なのだ。
そして数値が安定したら、また飲ませるの繰り返し。
一人にあげている間、もう一人はダンナが抱っこして、
ある程度飲ませたら、チェンジ。
ダンナは体重をはかって、
飲んだ量が少なかったら看護婦さんからミルクをもらい、
哺乳瓶で飲ませる。

面会時間は、1時間程度のものであったが、
2人に飲ませていると、軽く2時間はかかった。
でも、面会時間はあってないようなもので、
何時間いても、何か言われるような事はなかった。
おまけに本当は、授乳室は男子禁制。
だけどウチは双子という事で、
授乳室の隣の部屋を特別に貸してもらえた。
で、ダンナも大喜び。
毎日一緒に会いに行ってた。

あと、搾乳(さくにゅう)。
おっぱいを絞って、病院にもっていくのだ。
おっぱいは
赤ちゃんに吸ってもらうのが刺激になって、分泌する。
だけど私は、吸ってもらう時間が少ない。
おっぱいが止まらないようにするには、
自分で絞って刺激を与えておくしかないのだ。
それに、凍らせて持って行けば、
私が帰った後も、
看護婦さんが、
持っていったミルクを暖めて飲ませてくれる。
少しでもつながりを持っていたくて、一生懸命絞った。

赤ちゃんもいないのに、
ほぼ3時間おきに絞るのは、
思った以上に大変だった。

そんなこんなで1ヶ月。
7月21日、最初にユウ君が退院。
生まれた時は、
2296グラムの体重も、退院時は2774グラム。
予定日が7月26日だったから、
予定通りに生まれていればこの位になっていたのだろう。
その17日後。
8月7日に、ハル君退院。
生まれた時の体重、2062グラム。
退院時、3516グラム。
2人とも標準より1キロほど小さいが、
呼吸もきちんとできるようになり、
問題はなかった。
なんで、ハル君の方が退院が遅かったかと言うと・・・

それはまた、別の話し。

 

  
左:ハル君             右:ユウ君
抱っこしてるのは私達なのですが、片腕にすっぽり納まるくらい小さかったなぁ。 

 

   
左:ハル君         右:ユウ君
入院中に看護婦さんに沐浴させてもらってるところです。
この頃は、双子らしくそっくりで、見分けがつきにくかった・・・